任天堂の歴史・沿革


■任天堂の創業は1889(明治22)年9月23日。有名な工芸職人だった山内房治郎が京都の平安神宮の近くに「任天堂骨牌」(山内房治郎商店)を創立、花札の製造を開始したのに始まる


■花札の裏に「大統領」の印を押した「大統領印の花札」は関西の賭博で広く使われた


■プロの博打うちは勝負のたびに新しい札を使ったので、任天堂の花札は良く売れた


■房治郎は工芸家であると同時に、事業家でもあった。日本販売公社(現・日本たばこ産業)と交渉して、花札とカードをタバコの流通網に乗せることに成功


■1902年 日本初のトランプ製造に着手


■1949年 房治郎の曾孫・山内溥が3代目社長に就任


■ゲームウォッチでヒットを飛ばすと、さらに家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を発売


■1983年 東京証券取引所市場第一部に株式を上場


■その後もゲームボーイ、スーパーファミコンとハード機を次々と投入。任天堂は日本だ
けではなく、世界的なテレビゲームメーカーへと成長を遂げた


■2002年 山内溥は引退し、3代続いた一族経営を断ち切った


■2002年 取締役社長に岩田聡(4代目)が就任


■2004年 携帯型ゲーム機「ニンテンドーDS」を発売


■2006年 家庭用テレビゲーム機「Wii」を発売


■2012年 家庭用テレビゲーム機「Wii U」を発売
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オリエンタルランドの歴史・沿革


■株式会社オリエンタルランドは、米国のウォルト・ディズニー・カンパニーとライセンス契約により東京ディズニーランド(TDL)、東京ディズニーシー(TDS)を中心とする東京ディズニーリゾート(TDR)を経営・運営する事業持株会社の基幹企業である


沿革
■1960年7月 千葉県浦安沖の海面を埋め立て、商業地・住宅地の開発と大規模レジャー施設の建設を行い、国民の文化・厚生・福祉に寄与することを目的として、資本金2億5,000万円にて株式会社オリエンタルランドを設立


■1964年9月 浦安沖の海面埋立造成工事を開始


■1974年12月 米国法人ウォルト・ディズニー・プロダクションズ(現ディズニー・エンタプライゼズ・インク)との間で業務提携について基本合意


■1979年4月 米国法人ウォルト・ディズニー・プロダクションズ(現ディズニー・エンタプライゼズ・インク)との間にテーマパーク「東京ディズニーランド」のライセンス、設計、建設及び運営に関する業務提携の契約を締結


■1983年4月 「東京ディズニーランド」を開園


■1996年12月 東京証券取引所市場第一部に株式を上場


■2010年7月 オリエンタルランド創立50周年を迎える


概要
■株式会社オリエンタルランド
設立:1960年(昭和35年)7月11日
資本金:632億112万7千円
本社:千葉県浦安市舞浜1番地1
事業内容:テーマパークの経営・運営および、不動産賃貸等
従業員数:正社員2,196名。テーマパーク社員797名。準社員18,890名(2014年3月31日現在)


オリエンタルランド初代社長
■川﨑千春(かわさき・ちはる)略歴
【1903年~1991年】日本の実業家。オリエンタルランド初代社長。京成電鉄第5代社長。京成電鉄で21年間トップの座に君臨し、京成グループの発展に貢献。ディズニーパークの日本誘致を発案した人物でもあり、東京ディズニーランドの建設計画においても中心となった一人。1903年4月5日生まれ。東京帝国大学経済学部卒業。創立されたばかりの川崎信託(現・三菱UFJ信託銀行)入社。帝都タクシー(現・帝都自動車交通)に転じ、その後1940年1月、当時の京成電気軌道に会計課長として入社した
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