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新党「日本を元気にする会」の歴史・沿革


■設立日:2015年1月8日(東京都選挙管理委員会に届け出た日)


■解党したみんなの党に所属していた松田公太参院議員ら4人と、次世代の党に離党届を提出したアントニオ猪木参院議員が立ち上げた党である


■初代代表には松田公太参院議員が就任した


■党の理念
「国民と向き合い、議論し、その結果を尊重する党」


■党のメンバー
・松田公太参院議員(代表者)
・アントニオ猪木参院議員
・井上義行参院議員
・山口和之参院議員
・山田太郎参院議員


■松田公太(まつだ・こうた)略歴
日本の政治家、実業家。参議院議員、タリーズコーヒージャパン創業者。1968年宮城県で生まれる。筑波大学卒業後、三和銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。1998年、 タリーズコーヒージャパン株式会社を設立、代表取締役社長に就任。約300店舗を有する一大コーヒーチェーン店に育て上げた。2010年、参議院議員に当選


■アントニオ猪木/本名:猪木寛至(いのき・かんじ)略歴
日本の政治家。参議院議員。昭和18年~(1943年~ )生まれ。銀神奈川県横浜市鶴見区出身。元プロレスラー、実業家。新日本プロレス創業や異種格闘技戦の実現などにより、日本のプロレス・格闘技界に最も大きな影響を与えたひとり。2010年WWE殿堂入り
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山鹿流兵法の歴史・沿革


■山鹿流(やまがりゅう)は、山鹿素行(やまが・そこう)によって著された兵学(兵法)の流派


■林羅山に入門して漢学教育を受けた山鹿素行は、仏教、道教の思想にも通じ、神道和学の故実を踏まえて甲州流軍学の小幡景憲、北条流の祖・北条氏長の門下として軍学の修得をした


■朱子学を批判したことから播磨国赤穂藩へお預けの身となり、そこで赤穂藩士の教育を行う。赤穂藩国家老の大石良雄も門弟の一人であり、良雄が活躍した元禄赤穂事件以後、山鹿流には「実戦的な軍学」という評判が立つことになった


■山鹿素行の兵学直門は140名くらい。直系、血縁者で山鹿流を受け継いだのは、平戸藩の山鹿男系と、津軽藩の山鹿女系である


■山鹿素行の兵学を講受した諸大名には、津軽信政 、津軽信寿 、戸田忠真 、松浦鎮信 、松浦長祐 、松浦織部昌 、大村守純 、稲垣重昭 、小笠原長祐 、小笠原長重 、本多忠真、浅野長矩らがいる


■山鹿素行の教えは、後世の吉田松陰にも大きな影響を与えた


■山鹿素行は1685年に死去。墓所は東京都新宿区弁天町1番地の曹洞宗宗参寺にある


■山鹿素行(やまが・そこう)略歴
陸奥国会津(福島県会津若松市)にて浪人・山鹿貞以の子として生まれる。 寛永5年(1628年)に6歳で江戸に出る。寛永7年(1630年)、9歳のとき大学頭を務めていた林羅山の門下に入り朱子学を学び、15歳からは小幡景憲、北条氏長の下で軍学を、廣田坦斎らに神道を、それ以外にも歌学など様々な学問を学んだ
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