鹿島建設株式会社の歴史・沿革・概要


■鹿島建設株式会社(かじまけんせつ)は、日本の大手総合建設会社である。対外的には単に鹿島と称している


■超高層ビル事業を得意とし、蓄積された高度な技術とノウハウ、業界髄一の技術研究所を有している


■東京駅の八重洲口再開発や丸の内駅舎保存・復原工事(2012年10月1日完成)、秋葉原地区などの開発事業や海外でのプロジェクトにも実績が豊富である


歴史
■鹿島岩吉が江戸に出て大工修行をし、25歳の時に棟梁の株を得て独立。幕末には横浜に進出、英一番館(外国商館)などの洋風建築を手掛け、「洋風の鹿島」と謳われた


■息子の鹿島岩蔵が2代目を継ぐ。工部省鉄道頭・井上勝の知遇を得て鉄道工事を請け負う。全国に延びる鉄道建設の波に乗って発展、「鉄道の鹿島」の名を広め、今日の基礎を築いた


■3代目の鹿島精一(婿養子)は17年の歳月と多くの犠牲者を出しながら、1934年に世紀の難工事といわれた丹那トンネルを完成させた


■4代目の鹿島守之助(婿養子)は日本初の超高層ビルである、「霞が関ビル」を完成させるなど大躍進を遂げ「中興の祖」と呼ばれた


沿革
■1840年(天保11年) 鹿島岩吉が江戸四谷で大工の修行後、棟梁株を入手し江戸中橋正木町に店を構える


■1880年(明治13年)鹿島組創立。東京京橋木挽町九丁目に本店を構え、鹿島岩蔵が初代組長となる


■1930年(昭和5年)株式会社鹿島組設立(資本金300万円)。鹿島精一が社長となる


■1947年(昭和22年)社名を鹿島建設株式会社に改称


■1965年(昭和40年)日本で最初の超高層ビル、三井不動産霞が関ビル(地上36階)着工


■1973年(昭和48年)サンシャイン60着工


■1974年(昭和49年)最高裁判所新庁舎完成。新宿副都心のビル群(新宿住友ビル、KDDビル、新宿三井ビル)完成


■鹿島建設の歴代社長
初代:鹿島岩吉(1840~1880年)
2代:鹿島岩蔵(1880~1912年)
3代:鹿島精一(1912~1938年)
4代:鹿島守之助(1938~1957年)
5代:鹿島卯女(1957~1966年)
6代:渥美健夫(1966~1978年)
7代:石川六郎(1978~1984年)
8代:鹿島昭一(1984~1990年)
9代:宮埼明(1990~1996年)
10代:梅田貞夫(1996~2005年)
11代:中村満義(2005~2015年)
12代:押味至一(2015~)
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