株式会社ワールドの歴史・沿革


■株式会社ワールドは、兵庫県神戸市中央区港島中町に本社を置く大手アパレルメーカーである


■神戸市の零細アパレルメーカーである光商会(現:株式会社エンパイアー)の社員(当時)である畑崎廣敏と木口衛の2人が光商会を退社後1959年に独立してワールドを創立


■木口が社長、畑崎が専務となり二人三脚で大手アパレルメーカーに成長させた


沿革
■1959年 資本金200万円にて神戸市生田区(現・中央区)にニット婦人セーターの卸売業(株)ワールドを設立


■設立当初より、世界に進出することを意識してワールドという社名にした


■1965年 事業発展に伴い、東京都台東区に東京店を設置


■1968年 神戸市葺合区(現・中央区)に本社ビルを竣工し、本社を移転


■1981年 売上高1,000億円を達成


■2002年 売上高2,000億円を達成


■2007年 売上高3,000億円を達成


■2010年 サッカー日本女子代表「なでしこジャパン」のオフィシャルスーツを提供


■2014年『下町パリジャンの日常生活』をコンセプトに、ニューファミリー層に向けた新ストア「ル ティロワ ドゥ ドレステリア」を出店


■概要
社名:株式会社ワールド
設立:1959年1月13日
事業内容:婦人・紳士・子供服等の企画販売
従業員:1,890名(男性1,070名、女性820名)(2014年3月末現在)
本社所在地:神戸市中央区港島中町6丁目8番1


■売上高
[連結]3,173億37百万円(2014年3月期)
[単独]2,815億55百万円(2014年3月期)


■経常利益
[連結]27億40百万円(2014年3月期)
[単独]44億70百万円(2014年3月期)


■木口衛(きぐち・まもる)略歴・経歴(プロフィール)
【1923年~2006年】神戸市を拠点とするアパレルメーカーワールドの創業者。岡山県総社市出身。光商会の後輩であった畑崎廣敏との二人三脚で、裸一貫からワールドを起こし、同社を有数の大企業に育て上げた


■畑崎廣敏(はたさき・ひろとし)略歴・経歴(プロフィール)
日本の実業家。アパレル大手、ワールドの創業者の一人。1936年(昭和11年)兵庫県淡路島で生まれる。兵庫県立洲本実業高等学校を卒業。神戸市の株式会社光商会(現在の株式会社エンパイヤー)へ就職。光商会での先輩であった木口衛と共に株式会社ワールドを創立した
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国際カジノ研究所の歴史・沿革


■株式会社国際カジノ研究所はカジノ、および宿泊、飲食、ショッピングセンター、その他各種アミューズメント施設に関する調査、およびコンサルティング事業を行う会社である


■設立:2011年1月


■設立者:木曽崇(代表者)


■所在地:東京都千代田区岩本町1-3-1


業務内容
■カジノ、および宿泊、飲食、ショッピングセンター、その他各種アミューズメント施設に関する調査、およびコンサルティング事業

■国外で運営されているカジノ、および宿泊、飲食、ショッピングセンター、その他各種アミューズメント施設の所有、および運営

■前各号に付帯又は関連する一切の事業


■木曽崇(きそ・たかし)略歴・経歴(プロフィール)
株式会社国際カジノ研究所の設立者で所長。株式会社エンタテインメントビジネス総合研究所(客員研究員)。日本で数少ないカジノの専門研究者である。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部首席卒業(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者での会計監査職を経て、帰国。2004年 エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社。2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長に就任
ギャンブル依存症問題を考える会の歴史・沿革


■「一般社団法人ギャンブル依存症問題を考える会」はギャンブル依存症問題を抱えた人々を救うために2014年2月6日に設立された


■設立者:田中紀子


■事務局:東京都中央区新川1-21-1 茅場町タワーレジデンス1909号室


■理事
代表理事 田中紀子
理事 佐藤拓(精神科医)
理事 山本大地(株式会社ネセサー代表取締役社長)
監事 佐藤彰洋(佐藤彰洋税理士事務所・税理士)


■支部
東北地区 青森 福島
関東地区 群馬  栃木 茨城 千葉 埼玉 東京 神奈川
中部地区 新潟 富山 長野 山梨 愛知
近畿地区 三重 大阪 京都 奈良 兵庫
中国地区 広島
九州地区 福岡 鹿児島 大分
沖縄地区 沖縄


■設立の経緯
夫の度重なるギャンブルによる借金の問題で、ギャンブル依存症という病気があることを知りました。夢中になって、なんとかしようとセルフヘルプグループに通ったり、相談機関を訪れるうちに、実は、私の父も祖父も、ギャンブル依存症だったのだ、自分の生まれ育った環境におきていた、不幸な出来事の根源を突き止めることができました。その後、私たち夫婦は依存症者とその家族に向けたプログラムを受けることになり、2人で回復の道
をともに歩き、今でも円満に暮らしています


■そして同じような問題を抱えた人々を救うために「ギャンブル依存症問題を考える会」を2014年に設立する


■田中紀子(たなか・のりこ)略歴・経歴(プロフィール)
一般社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」の設立者で代表理事を務める。ギャンブル依存に関する啓発活動を全国で精力的に行っている。1964年生まれ
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