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カカボラジ山の歴史・概要


■カカボラジ山はアジア最後の秘境と言われる山である


■カカボラジ山はミャンマーにある幻の山で、標高は5881メートル


■この山の麓に住む山岳民族でさえも頂上を見たことが無いという神秘的な謎の山


■カカボラジ山は、ミャンマー北部のカチン州にある東南アジアで最も標高の高い山


■ヒマラヤ山脈の遠い支脈に位置する


■ミャンマーと中華人民共和国、インドの三国国境になっている。ミャンマーの最高峰


■4600mを超えると、万年雪と氷河に覆われた寒冷で、不毛な、吹きさらしの地形になる


■5300m付近には大きな氷帽が存在する


■カカボラジ山を訪れたことのある西洋人は、わずかしかいない。アルン・ドゥン渓谷を徒歩で通った最初の西洋人は、おそらくクランブルック卿とリチャード・コールバックであるとされる


■1996年に日本の尾崎隆とニャマ・ギャルツェン(ビルマ名はアウン・ツェ)が初登頂を果たしている
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出島の歴史・概要


■出島(でじま)は、1634年江戸幕府の鎖国政策の一環として長崎に築造された人工島である


■扇型になっており面積は3969坪(約1.5ヘクタール)


■1641年から1859年まで対オランダ貿易が行われた


■出島全体は1922年10月12日、「出島和蘭商館跡」として国の史跡に指定されている


■鎖国によって閉ざされた日本にとって、出島は唯一欧米に開かれた窓であった


■出島は1634年から2年の歳月をかけて、ポルトガル人を管理する目的で、幕府が長崎の有力者に命じて作らせた


出島に縁のある人物
■エンゲルベルト・ケンペル
【1651年~1716年】ドイツ北部レムゴー出身の医師、博物学者。ヨーロッパにおいて日本を初めて体系的に記述した『日本誌』の原著者として知られる。1690年、オランダ商館付の医師として、約2年間出島に滞在。1691年と1692年に連続して、江戸参府を経験し将軍・徳川綱吉にも謁見した。滞日中、オランダ語通訳・今村源右衛門の協力を得て精力的に資料を収集した

■カール・ツンベルク
【1743年~1828年】スウェーデンの植物学者、博物学者、医学者。カール・フォン・リンネの弟子として分類学において大きな功績を残した。また出島商館付医師として鎖国期の日本に1年滞在し、日本における植物学や蘭学、西洋における東洋学の発展に寄与した。出島の三学者の一人
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