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壱岐島 概要
壱岐島の歴史
■壱岐島(いきしま)は、九州北方の玄界灘にある南北17km・東西14kmの島である。九州と対馬の中間に位置する
■現在は長崎県壱岐市の1市体制で、長崎県では島内に壱岐振興局(旧・壱岐支庁、壱岐地方局)を置いている。また、全域が壱岐対馬国定公園に指定されている
■壱岐島は農業・漁業といった第一次産業が中心である。戦後に葉タバコの栽培と肉用牛の生産が盛んになった
■特産品としては焼酎が有名である。麦焼酎発祥の地で、世界貿易機関から壱岐焼酎として保護産地指定を受けている。肉用牛も壱岐牛として特産品化している。また海産物の特産品も多い
■島の大部分は玄武岩に覆われた溶岩台地で、高低差が小さい
■対馬とともに、古くから朝鮮半島と九州を結ぶ海上交通の中継点となっている。なお、15世紀の朝鮮王朝との通交を記述した「海東諸国紀」(ヘドンチェグッキ)のなかにも壱岐島・対馬島についての記事がみられる
■1871年(明治4年)廃藩置県の際には平戸県に属し、その年には再編により長崎県の一部となった
■島内にあった2つの郡は1896年の郡区町村編制法で統合され、壱岐郡1郡となった
■自治体としては、1889年(明治22年)の町村制度施行当初は壱岐郡に7村、石田郡に5村の計12村が発足したが、町制施行や合併を繰り返し、昭和の大合併を経て1970年(昭和45年)までに郷ノ浦町・勝本町・芦辺町・石田町の4町に再編された
■2004年3月1日、平成の大合併によりこれら4町が合併し市制施行、壱岐市が誕生した
■壱岐島出身の人物
・松永安左ェ門(実業家、電力の鬼)
略歴・経歴(プロフィール)
■松永安左ェ門(まつなが・やすざえもん)
【1875年~1971年】電力中央研究所所長。長崎県壱岐郡生まれ。慶応義塾中退。日本銀行員、石炭商等を経て明治42年に福博電気軌道の設立に加わり、電気事業経営に関係。その後、九州電燈鉄道(現・九州電力)、旧東邦電力の経営に参画。戦後、電気事業再編成審議会会長に就任、国営電力会社を分割し、民営による九電力体制を築きあげた。トインビー「歴史の研究」の翻訳も手掛けた。95歳で没
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[2015/09/05 Sat]
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