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崎陽軒の歴史・沿革


■株式会社崎陽軒(きようけん)は、神奈川県横浜市西区に本社を置く、主に焼売(シウマイ)の製造販売ならびにレストラン経営をおこなう企業である

■横浜名物のシウマイ、駅弁の「シウマイ弁当」を製造、販売していることで有名である

■崎陽軒(きようけん)の社名は創業者の久保久行が長崎出身である事にちなみ、長崎の漢文風の美称である「崎陽」に由来する

■崎陽軒の工場見学の案内では、長崎にある場所で太陽が昇る岬という意味を持つ「崎陽岬」を由来と説明している

■1908年(明治41年)
4代目横浜駅長であった久保久行が、定年退職後、知人であった高橋善一(後の東京駅長)の薦めで横浜駅構内営業の許可を妻久保コトの名で得る

■1915年(大正4年)
横浜駅が平沼材木町に移転し、匿名組合崎陽軒と改組。支配人に野並茂吉が就任

■1923年(大正12年)
匿名組合を解散し、合名会社崎陽軒を設立

■1928年(昭和3年)
横浜名物崎陽軒のシウマイを独自開発・販売開始

■1941年(昭和16年)
横浜駅前支店を改組し、株式会社崎陽軒食堂を設立(取締役社長・野並茂吉)

■1946年(昭和21年)
横浜駅構内飲食店営業の許可を受け、和洋食堂を開始。KY食堂と称す

■1950年(昭和25年)
横浜駅にシウマイ娘が登場

■1954年(昭和29年)
崎陽軒の2大名物のひとつ・シウマイ弁当登場

■1965年(昭和40年)
野並茂吉死去。2代目取締役社長に野並豊が就任

■1967年(昭和42年)
真空パックシウマイ販売開始。遠くまで持っていきたいという消費者の要望に応え、保存性の高い真空パックシウマイを開発。今では一般的名称の「真空パック」という名称も崎陽軒が独自に発案したもの

■1991年(平成3年)
点心部シウマイセンターに新調理場を開業。取締役会長に野並豊が、 取締役社長に野並直文が就任

■2002年(平成14年)
横浜赤レンガ倉庫にライブキッチン方式「崎陽軒 菜演房」出店

■2008年(平成20年)
創業100周年


略歴・経歴(プロフィール)
久保久行
主に焼売(シウマイ)の製造販売ならびにレストラン経営をおこなう企業、株式会社崎陽軒の創業者。長崎県出身。4代目横浜駅長。定年後に崎陽軒を創業


略歴・経歴(プロフィール)
野並豊(のなみ・ゆたか)
日本の経営者。大正11年、横浜市生まれ。父は「シウマイ王」と称された崎陽軒初代社長の野並茂吉。満州から復員し、慶応大在学中から崎陽軒の業務に就き、昭和23年、崎陽軒常務。40年、社長。42年に「真空パックシウマイ」を発売、全国に知られる横浜みやげに。平成3年、会長。91歳で死去


略歴・経歴(プロフィール)
野並直文(のなみ・なおぶみ)
日本の経営者。主に焼売(シウマイ)の製造販売ならびにレストラン経営をおこなう企業、株式会社崎陽軒3代目社長。1949年 横浜市で生まれる。慶應義塾大学商学部卒。(同大大学院経営管理研究科修了)。1972年 株式会社崎陽軒入社。工場のリニューアルなど生産性と味の向上に努める。1991年 社長に就任
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