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オンリーの歴史・沿革


■株式会社オンリーは京都市下京区に本社を置く、紳士および婦人服、雑貨の販売を行う会社である

■設立年月日:昭和51年6月22日

■市場情報:東証2部

■特色
「ザ・スーパースーツストア」等ツープライス店軸に自社ブランド紳士服を販売。丸井と業務提携


■1970(昭和45年)
・中西浩一が京都山科にオーダースーツ専門店「紳士服中西」開業。テーラーとしての出発

■1976(昭和51年)
・京都・北山通に第一号店を出店
・株式会社オンリー設立
・京都北山通に初の物販店となるメンズブティック「オンリー本店」オープン

■2005(平成17年)
・大阪証券取引所・ヘラクレス市場(現東京証券取引所・ジャスダック市場)に株式上場

■2008(平成20年)
・株式会社丸井グループとの業務提携の合意を発表

■2014(平成26年)
・中西浩一が取締役会長に、中西浩之(浩一の息子)が代表取締役社長にそれぞれ就任

■2015(平成27年)
・株式上場市場を東京証券取引所第二部へ変更


略歴・経歴(プロフィール)
■中西浩一(なかにし・こういち)
日本の実業家。株式会社オンリー創業者。1946年9月15日生まれ。京都市左京区出身。鴨沂高卒。1964年紳士服店に入社し、1970年に紳士服中西設立。1976年にオンリーを設立し、社長に就任。2002年に会長、2006年6月から会長兼社長。2014年11月26日 会長


略歴・経歴(プロフィール)
■中西浩之(なかにし・ひろゆき)
日本の経営者。紳士および婦人服、雑貨の販売会社、株式会社オンリーの社長。京都市左京区出身。同志社大大学院修了。2005年、オンリー入社。丸井グループに入る。オンリーに再入社。2013年 取締役。2014年 社長に就任。36歳(2015年10月3日現在)
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西日本鉄道の歴史・沿革


■西日本鉄道株式会社(にしにっぽんてつどう)は、福岡県を基盤に鉄道路線、バス路線などの路線網を持つ大手私鉄である

■西鉄グループの中心となる会社である

■設立年月日:明治41年12月17日

■創立年月日:昭和17年9月22日

■本社所在地は福岡県福岡市中央区天神一丁目11番17号に所在する福岡ビル


■西日本鉄道は、1908年(明治41年)に設立され1911年(明治44年)に開業した九州電気軌道(九軌)が前身である


■1942年(昭和17年)
9月19日 九州電気軌道が福博電車・九州鉄道・博多湾鉄道汽船・筑前参宮鉄道を合併
9月22日 西日本鉄道に社名変更


■2001年(平成13年) 大牟田線を「天神大牟田線」、西鉄福岡駅を「西鉄福岡(天神)駅」に線名・駅名変更


■2013年(平成25年) 天神大牟田線に新しい列車案内表示システムを導入開始


■2014年(平成26年) 博多駅・福岡空港~太宰府「太宰府ライナーバス旅人」運行開始
西鉄福岡市内線の歴史


■福岡市内線(ふくおかしないせん)は、かつて福岡県福岡市の市内を走っていた西日本鉄道(西鉄)の軌道路線の総称である


■1979年(昭和54年)2月11日に全線が廃止された


■以下の7路線があった
貫線(かんせん)
循環線(じゅんかんせん)
城南線(じょうなんせん)
呉服町線(ごふくまちせん)
貝塚線(かいづかせん)
吉塚線(よしづかせん)
築港線(ちっこうせん、貨物線)


■福岡市内線の母体は、関西財界の福澤桃介、松永安左エ門らによって設立された福博電気軌道と、地元資本家の渡辺與八郎らによって設立された博多電気軌道である


■この2社は明治時代末期のほぼ同時期、福岡市内でそれぞれ別々に路面電車を開通させ、以後、要所で両社の路線を接続させつつも別々に路線網を拡大していった


■なお福博電気軌道はのちに合併や社名変更により博多電灯軌道→九州電灯鉄道→関西電気→東邦電力と名を変え、博多電気軌道は1912年(明治45年)に九州水力電気に吸収合併されたのち1929年(昭和4年)に分離され博多電気軌道(二代目)となっている


略歴・経歴(プロフィール)
■福澤桃介(ふくざわ・ももすけ)
【1868年~1938年】明治から昭和初期にかけて活動した日本の実業家。旧姓は岩崎で、福澤諭吉の婿養子となり福澤姓を名乗る。相場師として日露戦争後の株式投機で財を成し、その後実業界に転ずる。1909年、福博電気軌道株式会社が発足。桃介が取締役社長、松永が専務取締役となり直ちに着工、翌1910年3月に開業させた。電気事業に関与し、名古屋電灯を買収して社長となり木曽川などで水力開発を手がけ、後に大手電力会社大同電力の初代社長となった


略歴・経歴(プロフィール)
■松永安左ェ門(まつなが・やすざえもん)
【1875年~1971年】電力中央研究所所長。長崎県壱岐郡生まれ。慶応義塾中退。日本銀行員、石炭商等を経て明治42年に福博電気軌道の設立に加わり、電気事業経営に関係。その後、九州電燈鉄道(現・九州電力)、旧東邦電力の経営に参画。戦後、電気事業再編成審議会会長に就任、国営電力会社を分割し、民営による九電力体制を築きあげた。トインビー「歴史の研究」の翻訳も手掛けた。95歳で没
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