萩の乱とは


■萩の乱(はぎのらん)は、1876年(明治9年)に山口県萩で起こった明治政府に対する士族反乱の一つである


■1876年10月24日に熊本県で起こった神風連の乱と、同年10月27日に福岡県で起こった秋月の乱に呼応し、山口県士族の前原一誠(元参議)、奥平謙輔、吉田小太郎ら約200名によって起こされた反乱である


■後の内閣総理大臣(第26代)田中義一も13歳で反乱に参加している


前原一誠(まえばら・いっせい)略歴
【1834年~1876年(天保5年~明治9年)】幕末維新期の長州藩出身の武士。慶応4年の戊辰戦争を経て、越後府判事となる。民政を担当するが中央政府と対立。その後、参議となるが辞職。政府改革を目指し、山口県士族を率いて挙兵したが(萩の乱)、捕らえられて処刑された。享年43歳


田中義一(たなか・ぎいち)略歴
1864年~1929年(元治元年~昭和4年)内閣総理大臣(第26代)、陸軍大将、貴族院議員。萩藩士の三男として萩(現・山口県萩市)に生まれた。陸軍大学校卒。日清戦争に従軍。明治31年、ロシア留学。日露戦争では満州軍参謀として活躍。陸軍省軍事課長。明治44年、軍務局長に昇進。大正4年、参謀次長となり、シベリア出兵に関与。陸軍大臣、陸軍大将となる。退役後、立憲政友会総裁、貴族院勅選議員となる。昭和2年、首相に就任。山東出兵を推進。昭和4年、張作霖爆殺事件の責任を取り総辞職した。66歳で没
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