上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
日本カーリットの歴史・沿革


■日本カーリット株式会社は東京都中央区京橋に本社を置く、化学品、電子材料品等の製造及び販売を行う企業である


■社名の由来となったカーリット爆薬の技術力を基に産業用爆薬、自動車・高速道路用の発炎筒、電解による化学薬品、コンデンサなどに使われる電子材料、化学物質の危険性評価や蓄電池の充放電試験などの領域に事業を拡大し、日本の産業基盤を支えている


■本社:東京都中央区京橋1丁目17番10号


■創業者:浅野総一郎(浅野財閥創始者)


■創立:昭和9年(1934年)


■1916年
初代、浅野総一郎がスウェーデンカーリット社から爆薬カーリットの極東に於ける製造販売の特許権を取得し、浅野同族会社においてその研究開発に着手


■1918年
浅野同族株式会社に製薬部を新設し、同年カーリット爆薬の特許取得


■1919年
横浜市保土ヶ谷区に工場(保土ヶ谷工場)を建設し、爆薬「カーリット」の製造を開始


■1920年
(旧)日本カーリット株式会社を設立


■1934年
浅野カーリット株式会社(資本金150万円)を創立。 カーリット事業を浅野セメント株式会社より継承


■1951年
社名を日本カーリット株式会社と改称


■2013年
日本カーリット株式会社の株式移転により純粋持株会社「カーリットホールディングス株式会社」を設立


略歴・経歴(プロフィール)
■浅野総一郎(あさのそ・ういちろう)
【1848年~1930年】浅野財閥創業者。セメント王。越中国氷見郡(ひみぐん)(現・富山県氷見市)薮田(やぶた)村生まれ。明治17年浅野セメントを創業してセメント王への道を邁進。さらに造船、海運、電力、築港埋立、銀行の分野に進出して浅野財閥を形成した。また浅野学園(横浜市)の創立者でもある。82歳で没
スポンサーサイト
日本製鋼所の歴史・沿革


■株式会社日本製鋼所(にほんせいこうしょ)は、鋼板、鍛造品、鋳造品、プラスチックの射出成形機、戦車や艦艇の砲を製造する日本の株式会社である


■本社:東京都品川区大崎1丁目11番1号


■創業:1907年(明治40年)11月1日


■設立:1950年(昭和25年)12月11日


■後に日本の鉄鋼業の一大基地となる北海道室蘭市に、兵器の国産化を目的として、英国側(アームストロング社・ビッカース社)と北海道炭礦汽船株式会社との共同出資による国家的事業としてスタート


■第二次世界大戦敗戦に伴い、1950年(昭和25年)に解散したが、新たに資本金2億円をもって(株)日本製鋼所を設立。旧会社から室蘭・広島・横浜・東京の4製作所および本店その他の営業所を継承して新発足した


■太平洋戦争後、蓄積した高度な技術・ノウハウを基盤に平和産業へ転換。優れた「鋼」
づくりと、それらを活かした「機械」の開発、さらに新規事業分野の開拓に努める。その
活動は、電力・鉄鋼・造船・石油化学などの重化学工業のみならず、自動車・電器・情報
機器などの幅広い分野にわたり、「鋼と機械の総合メーカー」として、国内はもちろん世
界的にも高い評価を得るようになる


略歴・経歴(プロフィール)
■石塚粂蔵(いしづか・くめぞう)
【1886年~1962年】日本の経営者。株式会社日本製鋼所社長を歴任。明治19年2月17日生まれ。東京出身。東京高等商業学校(のちの一橋大学)卒業後、日本製鋼所に入社。イギリスの兵器メーカーのビッカースに出向後、日本製鋼所室蘭工場次長、事務部長などを経て、1945年社長に就任。公職追放解除後1955年 社長に復帰。兵器産業界で指導的役割をはたした昭和飛行機工業社長、日経連理事などもつとめた
成城石井の歴史・沿革


■株式会社成城石井は、関東地方を中心に、中部地方、近畿地方に店舗を展開する食料品主体のスーパーマーケットチェーンである

■事業内容:スーパーマーケット、輸入、卸売販売、食品製造、飲食店

■当初は、高級スーパーマーケットのカテゴリーに属していたが、レックス・ホールディングスの傘下になってからは、一般的なスーパーマーケットとしての経営方針に転換した

■本部所在地:神奈川県横浜市西区北幸二丁目9番30号横浜西口加藤ビル5階

■創業:1927年2月

■創業者:石井隆吉(いしい・りゅうきち)

■1927年 東京都世田谷区成城にて、食品店として創業

■1976年 「成城店」新店舗落成、スーパーマーケットとして営業開始

■1997年 初のエキナカ店舗である「アトレ恵比寿店」オープン

■2001年 初の阪急リテールズ FC店「梅田店」大阪府にオープン(関東圏外初出店)

■2013年 100店舗達成「イオンモールむさし村山店」オープン

■2015年 初の遠隔地単店オペレーションとして、山梨県初出店となる「セレオ甲府店」オープン


略歴・経歴(プロフィール)
■石井良明(いしい・よしあき)
日本の実業家。株式会社成城石井社長を歴任。1964年 慶應義塾大学商学部卒業。1976年成城石井「成城店」店舗落成、スーパーマーケットとして営業開始。1997年 初の駅ナカ店舗である「アトレ恵比寿店」オープン。2004年 レインズインターナショナル(現レックス・ホールディングス)へ株式の66.7%を譲渡
東京エレクトロンの歴史・沿革


■東京エレクトロン株式会社は、東京都港区赤坂に本社を置く、半導体製造装置およびフラットパネルディスプレイ製造装置をビジネスとする会社である

■この分野でのシェアは、日本で第1位、世界で第3位である

■本社所在地:東京都港区赤坂5-3-1 赤坂Bizタワー

■創業者:久保徳雄、小高敏夫

■設立年月日:1963年(昭和38年)11月11日

■市場情報:東証1部

■東京エレクトロンの前身である東京エレクトロン研究所は1963年11月11日に東京で設立された

■設立当初は小規模で、従業員は6名であった

■東京エレクトロン研究所は、1970年頃からはじまるベンチャーブームより前に、日商(後の日商岩井、双日)をスピン・オフした、久保徳雄と小高敏夫らによって設立された

■初代社長は東京放送常務の遠藤幸吉だが、実質的には全権は久保、小高に委ねられた

■1978年 東京エレクトロン(株)に商号変更

■1980年 東京証券取引所市場第二部に上場

■1984年 東京証券取引所市場第一部に指定替え


略歴・経歴(プロフィール)
■久保徳雄(くぼ・とくお)
日本の経営者。東京エレクトロン株式会社創業者。大分大学卒業後、日商(のちの双日)入社。その後、東京エレクトロンの社長・会長などを務めた


略歴・経歴(プロフィール)
■小高敏夫(こだか・としお)
日本の経営者。東京エレクトロン株式会社創業者。1936年東京で生まれる。慶応義塾大学工学部電気科卒業。日商(現双日)入社。東京エレクトロン研究所の創立に参加。東京エレクトロン社長を歴任
// ホーム //
Powered By FC2ブログ. copyright © 2017 歴史 all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。