大塚グループの歴史・沿革


■大塚製薬株式会社は、医薬品、食料品の製造・販売をしている企業である


■持株会社大塚ホールディングス株式会社が設立されるまでは、大塚製薬工場、大鵬薬品工業、大塚化学、大塚倉庫、大塚食品、アース製薬など、国内21社、海外27社におよぶ「大塚グループ」の中核企業であった


■大塚グループは、1921年(大正10年)、大塚武三郎が徳島県・鳴門に大塚製薬工業部を設立したことに始まる


■社員数10名、塩田残渣(にがり)から炭酸マグネシウムをつくる化学原料メーカーとしてスタートした


■大塚製薬工業部の事業は局方原料の多品目化、軍需工場に指定されるなど順調に進み、1935年に「大塚製薬工場」と社名を変更する


■大塚武三郎の後を引き継いだ長男・正士は、それまでの原料メーカーとしての堅実な事業展開に加え、1946年に医薬品事業へ参入し事業地域を全国化してさらなる飛躍を試みる


■1961年大塚製薬工場の運輸倉庫部門を分離し、大塚倉庫株式会社を設立


■1963年大鵬薬品工業株式会社を設立


■1964年大塚製薬工場販売部門(除く四国4県)を分離し、大塚製薬株式会社を設立


■2代目の大塚正士は点滴注射薬をはじめとする医療品分野、そしてオロナミンCに代表される食品分野、さらには陶板などの住居関連事業を手広く行い、大塚グループを築いた。2代目の大塚正士が実質的な大塚グループの創業者とされる


■大塚正士の長男の大塚明彦が1976年に38歳で大塚製薬社長に就任


■3代目の大塚明彦は1969年に全国発売された「ボンカレー」の発案者で、その後も、自らのアイデアで「ポカリスエット」「カロリーメイト」などの機能性飲料・食品を他社に先駆けて売り出し、ヒットを連発したことで知られる


■現在の大塚グループは、世界26カ国に158社が展開し、約42,000人の社員が働いている。連結売上高でみると、既に海外が50%を超え、約25,000人の連結従業員数のうち過半数近くを海外の従業員が占める(2013年3月31日現在)までに国際化が進んでいる


関連サイト
大塚製薬歴代社長http://goo.gl/gon3La
大塚明彦語録http://goo.gl/nS65QE
大塚正士語録http://bit.ly/RxUyAH
大塚明彦(大塚製薬創業家)家系図
http://goo.gl/PsdJvO
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