紡績工場の歴史


■開国後の明治初期に、外国綿糸の輸入に圧倒され、これに対抗して紡績業が起こるが、日本における最も古い綿紡工場として3つの工場が挙げられる


■この三始祖とは鹿児島紡績所(鹿児島市)、堺紡績所(大阪府堺市)、鹿児島紡績所(東京都北区)の3ヵ所である


■日本で最初の紡績工場が薩摩藩主、島津斉彬(第11代藩主)によって建設されたということはあまりにも有名であるが、実際の工場建設は斉彬逝去の後、その遺志を継いだ島津忠義(第12代藩主)によるものであった


略歴・経歴(プロフィール)
■島津斉彬(しまづ・なりあきら)
文化6年~安政5年(1809年~1858年)江戸時代後期から幕末の外様大名で、薩摩藩の第11代藩主。西洋事情に明るく進取の気性に富み、大規模な藩政改革を実施。集成館を興し、反射炉、ガラス工場、洋式紡績所などを設置。西洋式軍艦・昇平丸を幕府に献上した。将軍後継問題では一橋派に属し、井伊直弼と対立。享年50


略歴・経歴(プロフィール)
■島津忠義(しまづ・ただよし)
【1840年~1897年】幕末から明治時代の大名、華族。薩摩藩の第12代(最後)の藩主で、島津氏第29代当主。官位は従一位参議。勲等は勲一等。島津氏分家の重富家当主・島津忠教の長男として生まれた
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