ラサ工業の歴史・沿革


■ラサ工業株式会社は、日本の化学メーカーである

■創業者の恒藤規隆が、明治時代の農村の疲弊を憂い、国産の安価な肥料資源を開発・供給することを目指して創業された

■祖業である肥料・鉱山・製錬・硫酸事業からは撤退しており、化成品、機械、電子材料を軸として事業を展開している

■社名は、1907年(明治40年)にラサ島(沖大東島)で肥料の原料となるリン鉱石を採掘したことに由来する

■リン鉱石の採掘が行われなくなった現在でも沖大東島全体がラサ工業の私有地となっている

■本社所在地:東京都中央区京橋一丁目1番1号

■創業年月日:大正2年5月1日

■設立年月日:大正7年6月26日

■市場情報:東証1部

■事業内容:化成品、機械、電子材料

■1911(明治44年)2月
ラサ島燐砿合資会社発足

■1913(大正 2 年)5月
ラサ島燐砿株式会社設立

■1934(昭和 9 年)3月
社名をラサ工業株式会社と改称

■1937(昭和12年)4月
ラサ島を国より譲り受ける

■1971(昭和46年)12月
非鉄金属鉱山事業より撤退

■1972(昭和47年)4月
大阪工場にてエレクトロニクス向け高純度リンの製造開始

■2013(平成25年)12月
三本木工場に放射性ヨウ素吸着剤(AgX)生産設備設置


略歴・経歴(プロフィール)
■恒藤規隆(つねとう・のりたか)
【1857年~1938年】肥料の原料となる燐鉱を探して各地を調査し、沖大東島(ラサ島)で糞化石質燐鉱石(グアノ)を発見したことで知られる。大分県出身。駒場農学校(現東大農学部)卒業。農商務省でフェスカについて土性調査をおこなう。明治32年日本最初の農学博士。34年肥料鉱物調査所初代所長。退官後、ラサ燐鉱をおこし社長。土性図作成を指導し、「日本土壌論」にまとめた
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