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西鉄福岡市内線の歴史


■福岡市内線(ふくおかしないせん)は、かつて福岡県福岡市の市内を走っていた西日本鉄道(西鉄)の軌道路線の総称である


■1979年(昭和54年)2月11日に全線が廃止された


■以下の7路線があった
貫線(かんせん)
循環線(じゅんかんせん)
城南線(じょうなんせん)
呉服町線(ごふくまちせん)
貝塚線(かいづかせん)
吉塚線(よしづかせん)
築港線(ちっこうせん、貨物線)


■福岡市内線の母体は、関西財界の福澤桃介、松永安左エ門らによって設立された福博電気軌道と、地元資本家の渡辺與八郎らによって設立された博多電気軌道である


■この2社は明治時代末期のほぼ同時期、福岡市内でそれぞれ別々に路面電車を開通させ、以後、要所で両社の路線を接続させつつも別々に路線網を拡大していった


■なお福博電気軌道はのちに合併や社名変更により博多電灯軌道→九州電灯鉄道→関西電気→東邦電力と名を変え、博多電気軌道は1912年(明治45年)に九州水力電気に吸収合併されたのち1929年(昭和4年)に分離され博多電気軌道(二代目)となっている


略歴・経歴(プロフィール)
■福澤桃介(ふくざわ・ももすけ)
【1868年~1938年】明治から昭和初期にかけて活動した日本の実業家。旧姓は岩崎で、福澤諭吉の婿養子となり福澤姓を名乗る。相場師として日露戦争後の株式投機で財を成し、その後実業界に転ずる。1909年、福博電気軌道株式会社が発足。桃介が取締役社長、松永が専務取締役となり直ちに着工、翌1910年3月に開業させた。電気事業に関与し、名古屋電灯を買収して社長となり木曽川などで水力開発を手がけ、後に大手電力会社大同電力の初代社長となった


略歴・経歴(プロフィール)
■松永安左ェ門(まつなが・やすざえもん)
【1875年~1971年】電力中央研究所所長。長崎県壱岐郡生まれ。慶応義塾中退。日本銀行員、石炭商等を経て明治42年に福博電気軌道の設立に加わり、電気事業経営に関係。その後、九州電燈鉄道(現・九州電力)、旧東邦電力の経営に参画。戦後、電気事業再編成審議会会長に就任、国営電力会社を分割し、民営による九電力体制を築きあげた。トインビー「歴史の研究」の翻訳も手掛けた。95歳で没
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