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潤野炭鉱の歴史


■潤野炭鉱(うるのたんこう)は嘉穂郡鎮西村(現在の福岡県飯塚市)にあった炭鉱である


■潤野炭鉱は明治19年(1886年)、明治の女性実業家、広岡浅子が37歳の時に買収したことで知られる炭鉱である


■最初、広岡浅子は石炭を購入して海外へ輸出する事業をしていたが、次に筑豊の炭鉱主への出資を手配。さらに福岡県嘉穂郡鎮西村(現在の福岡県飯塚市)にあった潤野炭鉱を買い取り、炭鉱経営そのものに手を伸ばした


■しかし失敗する。炭鉱には大きな断層がふさがり、思っていたような産出量にはならず、炭鉱は休業を余儀なくされた





略歴・経歴(プロフィール)
■「広岡浅子(ひろおか・あさこ)
【1849年~1919年】日本の実業家、教育者、社会運動家。山城国京都(現・京都府京都市)の小石川三井家六代当主・三井高益の四女として生まれる。17歳で大坂の富豪加島屋(かしまや)広岡信五郎と結婚。維新後は実業界にはいり、鉱山を経営。加島銀行設立、大同生命の創業にくわわった。日本女子大の創立にもつくした。晩年に受洗。日本YWCA中央委員
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