小樽運河の歴史


■小樽運河(おたるうんが)は、北海道の小樽市にある運河である


■大正12年(1923年)に完成した

■札幌の北西約35キロメートルに位置する、北海道を代表する観光地・小樽。石造り倉庫群の並ぶ小樽運河は、異国情緒にあふれ、その他ガラスの町、寿司の町、石原裕次郎のふるさととしても知られている

■内陸に水路を掘ったものではなく、沖合を埋立て、陸との間に出来た水路であり、「埋立て式運河」と呼ばれる

■海上に停泊した船舶からの貨物を乗せた艀(はしけ)舟を係留し、貨物の荷揚げに使われた

■人力で荷揚げする方式は戦後に入り衰退していった

■戦後は樺太等との交易がなくなったため、物流の拠点としても急速に廃れていった

■無用の長物と化し、放置されていた小樽運河はヘドロがたまり悪臭が漂うようになった

■1960年代に入り、運河を埋め立てて、道路として整備する方針が小樽市から打ち出された

■1986年には北海道道17号小樽港線 (通称:小樽臨港線)が開通する。散策路やガス灯が整備され、大きく様変わりした運河周辺は、小樽の一大観光スポットに成長し、1996年には都市景観100選を受賞した

■現在では、立地の関係からか、当初の景色を残す北運河よりも、半分を埋め立てて散策路を整備した臨港線部分に観光客が多い。運河の両岸には煉瓦や札幌軟石で造られた重厚な倉庫群が立ち並び、往時をしのぶことができる


■石原裕次郎記念館(いしはらゆうじろうきねんかん)は、北海道小樽市築港5-10にある記念館及びそれを運営する石原プロモーションの関連会社(商号:株式会社石原裕次郎記念館)である。1991年(平成3年)に会社設立・開館した

■石原裕次郎は3歳から9歳までの幼少期を小樽で過ごしており、それが縁で開設された

略歴・経歴(プロフィール)
■石原裕次郎(いしはら・ゆうじろう)
【1934年~1987年】日本の俳優、声優、歌手であり、司会者やモデルといったマルチタレント。石原軍団総帥、石原プロモーション代表取締役社長(初代)兼会長を務めた。ヨットマンとしても活動していた。兵庫県神戸市須磨区で生まれる。神奈川県逗子市で育つ。身長183cm、血液型はA型。「銀座の恋の物語」、「二人の世界」、「夜霧よ今夜も有難う」などの数々のヒット曲もある。北海道小樽市に石原裕次郎記念館がある
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