高山神社(太田市)の歴史・沿革


■高山神社(たかやまじんじゃ)は、群馬県太田市本町にある神社


■所在地:群馬県太田市本町48-32


■明治時代に創建された比較的新しい神社である。高山彦九郎を祭神として祀る


■高山彦九郎(たかやま・ひこくろう)
【1747年6月15日~1793年8月4日】江戸時代後期の尊皇思想家。林子平・蒲生君平と共に、「寛政の三奇人」の1人である。父は高山良左衛門正教、母はしげ。兄は高山正晴。妻はしも後にさき。子に高山義介ほか娘などがいた


■高山彦九郎の先駆的な政治理念を抱いた行動と実践は、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛らをはじめとする幕末の志士たちに大きな影響を与えたと言われる


■高山彦九郎は生涯を旅に過ごし、京都・江戸・郷里を拠点に全国各地を遊歴した。公家・武士(大名・家老・諸藩士など)・学者(国学者・儒学者・蘭学者など)・文化人(画家・歌人・俳人など)・剣術家・神官・商人・農民など様々な階層の人々と交流。その様子を地域の歴史・地誌・習俗・民情などとともに克明な日記に記録していた


■高山神社の歴史
明治元年(1868年)太田宿本陣の橋本多賀之助が神社造営の建言書を太政官に提出。地元大田町や県内外の有志が神社の創建の願いを政府に出願し、明治11年(1878年)3月、高山彦九郎に正四位が追贈され、社殿創建・社号公称願いが大久保利通内務卿より許可された


■1932年(昭和7年)に現在地の山頂に遷座された
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