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琵琶湖疏水の歴史・概要


■琵琶湖疏水(びわこそすい)とは、琵琶湖の湖水を京都市へ流すために作られた水路(疏水)である


■琵琶湖疏水は、第1疏水(1890年に完成)と第2疏水(1912年に完成)を総称したものである


■京都市は禁門の変で市中の大半が焼け、明治維新と東京奠都(とうきょうてんと)に伴い人口が減少し産業も衰退したため、第3代京都府知事の北垣国道が灌漑、上水道、水運、水車の動力を目的とした琵琶湖疏水を計画した


■そして主任技術者として、工部大学校を卒業したばかりの田邉朔郎を任じ設計監督にあたらせた


沿革
■1881年(明治14年)北垣国道が京都府知事に就任、琵琶湖疏水の検討をはじめる


■第1疏水を1885年(明治18年)に着工


■1890年(明治23年)に大津市三保ヶ崎から鴨川合流点までと、蹴上から分岐する疏水分線とが完成した。4月9日には明治天皇・昭憲皇太后の御臨幸を仰ぎ竣工式を挙行している


■1912年(明治45年)第2疏水が完成


■1999年(平成11年)12月 第2疏水連絡トンネル竣工


■現在は琵琶湖疏水を通して年間2億トンの琵琶湖の湖水を得ていて、京都市から『疏水感謝金』として年間2億2千万円が滋賀県へ支払われている


■第3代京都府知事
北垣国道(きたがき・くにみち)略歴・経歴(プロフィール)
【1836年~1916年】幕末期の志士、明治時代の官僚、政治家。高知県令(第4代)、徳島県令(第7・8代)、京都府知事(第3代)、北海道庁長官(第4代)、貴族院議員(勅選)、枢密顧問官を歴任した


■主任技術者
田辺朔郎(たなべ・さくろう)略歴・経歴(プロフィール)
【1861年~1944年】日本の土木工学者。琵琶湖疏水や日本初の水力発電所の建設、関門海底トンネルの提言を行った。北海道の狩勝峠の名づけを行った。高島秋帆門下の洋式砲術家である田辺孫次郎の長男として江戸に生まれる。工部大学校卒業
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